彼女のことを知ったのは、兵庫国体の関連記事だった。
苦闘の末、全国優勝を果たした9人制男子バレーボール 富士通チームと当時の木村監督を追った記事だった。
木村監督は、ご自身はバレーボールの経験がない。野球部出身。
震災ののち、グランドスラムを達成し、私たちに大きな勇気をくれたチームに取材にうかがったことがある。
「私は、練習時間より、ミーティング時間の方が長い監督」とおっしゃるとおり、わたしにも、長時間にわたって、理念や練習法、テクニックなどについて教えてくださった。一度だけの取材ながら、木村監督ファンとして、チームの活躍はずっと応援していた。
しかし、その後の不況の中で、企業内チームは次々と廃部になり、名門・富士通チームも存続が危ぶまれることに。
どうなるのだろう。
兵庫国体を前に、私は気が気ではなかった。
そんなときに目にした神戸新聞の記事。
9人制バレー「再出発」 チーム解散の危機越えて
内容に思わず涙ぐんだ。
いい記事だった。
記者はだれだろう。
そこに記されていたのは、大森優子というなまえだった。
兵庫国体会場では、いつも取材に活躍する小柄な彼女がいた。
兵庫国体の後、大森記者はなんと明石総局に転勤になった。話もした。
大学ではアメラグのマネージャーをしていたバリバリの体育会系。
アルコールはめっぽう強いビール党。
そんな彼女から、「実は退職」と聞いた。
「結婚きめたんやね。東京へ行くんだ」と私。
(アメラグの同級生で、イケメンくんだもん。そりゃ、いくよね。)
またひとり、明石から優秀な女性が去っていく。その寂しさはあるけれど、マスコミなら、やっぱり東京。
「お幸せに。そして、活躍してや!!」
※追記※
神戸新聞明石版に連載されていた大森記者担当の特集記事、気迫が伝わってきました。
切り口もよかったし、さすが、ポイントもつかんでいましたね。まさに、得意分野のすべてを注いだ記事だったと思います。
1回当たりの記事であれだけの人たちに取材をするそのしんどさもわかるだけに、連載が終わったときは、私も一緒に「ほっ」としてしまいました。

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