最近は、もっぱら「書かれる人」になった。
そうなると、「書く人」のときには気がつかなかったことが、とても気になるようになった。
見出し、てにをは、文体、インタビュー。そしてもちろん、内容、文章力。
「文章なんて誰でも書ける」「書くうちに、うまくなる」というのが、私の持論だったが、これからは考え方を変えようと思う。
少なくとも、人様に見せる文章は第三者にチェックしてもらう機会を持て。
そして、文章力以前に、ライターマインドを醸成せよ。
カメラマンなら、被写体に対する愛情、ライターなら、取材先に対する敬意。
ここのところ、立て続けに全く同じような状況に遭遇し、ちと、熱くなりました。

全く同感。
1回の読者のチェックは100回の推敲に勝る。
私の読者は40年間主婦しか知らない、連れ合いです。
コメントありがとうございます。
かかれる立場になって、あらためて、取材では、「その人は何を書いてほしいのか」という点をはずしてはいけないと実感しています。
その上で、ライターはどういう切り口で書くのか。
それが「腕」ですが、切り口を探すときの感情が、「敬意」でなければ見えるモノも見えてこない。
考えて、悩んで、苦しんで書いた成果物が、世に出て、読んだ人に批判され、反省し、またうまくなっていく。
ところがですねえ、現実は。。。
という話でした。